釧路駅よりタクシーで5分ほどの釧路製作所に保存されている元雄別鉄道の古典機。
手入れの行き届いた大変美しい状態だった。
撮影日 2002年2月27日




唯一残った明治のテンホイラー

  
「新釧路」の駅名票やキロポストも展示されている。キャブ回りはクラッシックな味わい。


ローマン調の書体のプレートがよく似合うが、残念ながらレプリカ。


以下は2018年6月26日撮影

2007年(H19年)近代化遺産に認定された。


イルミネーションが施されている。








古典機ならではの三日月形バランスウエイト。






見学は工場始業時間の8時から可能と聞き朝一番で訪問。
職員さんたちがラジオ体操をやっている傍らで撮影させていただいた。


雄別鉄道の駅名票、機関車を保存している釧路製作所も雄別鉄道系列の会社。




工場の正面に展示され道路からも見えますが、訪問の際は受付で許可をもらってください。
オリジナルグッズも販売しています。


この場所の地図


8722号機の保存の経過について掲示板に「五条川鉄道写真館」の吉野富雄様より
書き込みをいただきました。
この機関車を守るために関係者の方々がされた決断には頭の下がる思いです。

8700形式の道程と保存

こんばんは。タイトルになっている記事ですが、「蒸気機関車」1980年7月号(68号)に掲載されていました。筆者は、釧路製作所の社長さんです。
 今日、実家でこの記事を見つけましたので、お節介とは存じますが、内容をかいつまんで書き込みさせていただきます。なお、今回は「私の蒸気機関車史」下巻(川上幸義氏著:交友社)も参考にさせていただきました。

 8700形は明治44年に英国ノースブリティッシュ社から12両が輸入された機関車で、翌45年には汽車製造会社で18両が追加製造されました。
 製造当初、英国製は東海道本線中部(名古屋と浜松?)に、国産のものは東北線用として盛岡・青森に配置されていたそうです。ちなみに雄別鉄道へ移籍した8721.8722号機は青森に新製配置されたようです。
 その後名古屋局のものも昭和6年までに秋田へ移っています。8620新製のため、8721.8722もこの時期は秋田に配置されていたようです。

 昭和9年頃から北海道への移籍が始まり、8721.8722は倶知安に配置、岩内・京極線で使用されていました。昭和22年にはこの2両は滝川に移っていました。両機は昭和25年1月に廃車、翌年には国鉄線上から8700形が消滅します。しかし、昭和27年3月に8721号機が雄別鉄道へ、昭和28年6月に8722号機が北海道拓殖鉄道へ譲渡されました。

 雄別鉄道に来た8721号機は、昭和31年にデフレクタを取りつけ、テンダも近代的なものに改装されました。昭和32年8月には8722号機も雄別鉄道に移籍しますが、こちらは北海道拓殖鉄道時代にデフレクタ取り付けとテンダの近代化が行われていたようです。(おそらく拓鉄の8620形に合わせたものと思われます)
 8721号機は昭和44年頃から予備的存在となってあまり本線上へ出なくなったようですが、雄別鉄道廃止(昭和45年4月)まで在籍、廃止後に解体されてしまいました。一方の8722号機は、昭和41年8月に廃車となって、機関庫に留置されていたようです。

 昭和44年には、ノーベル書房から雄別鉄道の8722号機と205号機を銀座に展示したいという申し出があったため、釧路製作所で英国からの輸入当初の形態に近づける復元工事を行いました。この工事は約1か月に及び、デフレクタの撤去をはじめ、化粧煙突の復元、サンドドーム、発電機、配管の移動・撤去の他、テンダの形状変更まで行いました。ところが、翌年4月には雄別鉄道が廃止となってしまい、銀座へ展示する予定の2両は他の車輌と区別するため(解体処分されないよう)に釧路製作所で引き取ることになりました。
 その後205号機の方は東京へ発送されましたが、残る8722号機は展示中止となり、紆余曲折の末、釧路製作所がノーベル書房に代金を払って引き取る形となったようです。

 釧路製作所内でも、「工場内で場所をふさいで邪魔だから解体させてほしい」という申し出があったようですが、社長さんは「邪魔にならない場所への移動はよいが、解体は禁ずる」という指示を出してこの機関車を守ってみえたようです。ただし、この期間は建物の間の狭い場所に押し込められ、錆の浮き出た状態だったとのこと。

 昭和54年になって、釧路製作所の工場建て替えが行われることになったのを機会に、8722号機の再整備を行い現在の場所に据え付けられ現在に至っているとのことです。社長さんはこの記事の中で、「8722は永久に保存する考え」であることを明言されています。今回同機の汽笛を鳴らす計画があるとのことですが、このようなイベントを行うことで、この機関車の希少性(現存唯一のテンホイラー機ですね)を広く知ってもらって、いつまでも保存しようという機運を高めたいですね。インターネットを利用して、釧路製作所さんが機関車の保存経費の一部をファンから集めるのもひとつの手かもしれません。

 最後に、8700形のサンドドームの位置について疑問をひとつ。8722号機は、銀座での展示計画によってサンドドームを蒸機だめ前から後ろに移設しています。(原型は蒸機だめのみ。サンドドームは後付です。もし本当に「輸入当初」にこだわるなら、サンドドームは撤去するはずです)ところが、「私の蒸気機関車史」の写真を見ますと、輸入機であるはずの8706号機のサンドドームが蒸機だめ前についています。8700形のサンドドームの位置は、輸入機・国産機という分け方ではなく、機関車ごとに異なっていたのかもしれません。80年以上前の話になってしまいますが、実際はどうだったか興味深いところです。

続いて雄別時代の貴重な姿を「思い出鉄道探検団」松原遊士様ご提供の画像でごらんください。
雄別の8722へ


8722履歴
「機関車表 フル・コンプリート版」沖田佑作氏より引用
1913 汽車製造大阪工場 製番109
1913-9-27使用開始 東部局配属 配置青森
移動 秋田
1915-6現在 東京局配属
1931-1-31現在 秋田
1931-3現在秋田
1932-1-31現在 倶知安支区
1939-1-31現在 倶知安
1940-10-31現在 小樽築港
1941-7-31現在 小樽築港
1942-1-31現在 滝川
1949-10-29廃車 滝川
1953-6-27譲渡 北海道拓殖鉄道
1958-2-7譲渡 雄別炭鉱鉄道
1966-8-23廃車
1969保管 釧路製作所 所有者ノーベル書房
1979譲渡 釧路製作所
2007-11-30近代化遺産認定

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