モノクロームの残影談話室より
煙突の蓋

現在閉鎖されている忠賢八高様主宰のサイト「モノクロームの残影」談話室に書き込みされた
煙突の蓋などに関する記事を編集しました。
この件に関することやお気づきになったことなど汽車・電車1971〜掲示板に書き込みいただければ幸いです。

なお、このページは忠賢八高様のご確認いただきまして、TADAが編集
アップロードしました。表示等につきましては、こちらへご連絡ください。

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[No.1685] ユニークな86発見 投稿者:isobe201  2002-03-17 (日)  20:21

86の画像を捜しているうちに、ユニークな奴を発見しました。
http://www.yokoinet.com/MONSTER/tanabe.htm
なんと、蒸気ドームにピースマークらしき絵が描いてあり、フロントデッキも白い縁取り、赤ナンバー…。何の記念でしょうか?

あと、96や86の一部には煙突の脇に、円盤状の蓋(煙突の蓋?)を載せているものが居ますが、本機もそのように見えます。いったいなぜ、蓋を持ち歩いて(!)いるのでしょうか?北総さんのHPの38666、9608も蓋を持っています。
http://hokuso.com/meiki/html-museum.html

他の写真集でも、86や96の一部にはこのような蓋を持っているものを、見ますが、C56、C11、などでは見たことがあまりない様に思います。どなたかご存知ありませんか?

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[No.1686] 88638 煙突のふた 投稿者:吉野富雄  2002-03-17 (日)  22:38
  <URL: http://homepage2.nifty.com/SAKU1967/index.htm>

 こんばんは。
isobe201様
 ご指摘のユニークな装備の88638号機ですが、「蒸気機関車」1980年9月号(8620・C50特集)にも写真があります。昭和46年7月運転の「さよならハチロク柳生号」で、この時点ですでにドームのマーク、ランボードの縁取り、色つきプレート化(白黒写真ですが、赤と考えてよいでしょう)がなされています。このマークは、D51906のデフに装着されていたものとよく似ていますね。おそらくこのさよなら運転に当たって取り付けられた装飾ではないでしょうか?

 「蒸気機関車」1980年9月号の説明によれば、88638号機はこの後紀伊田辺へ転属したということですので、isobe201様がご覧になった画像は、(時期・場所からみて)紀伊田辺転属後のものでしょう。

 ちなみにこの88638号機は、松山区所属だった昭和25年にお召し列車を牽引しているそうで、「蒸気機関車」1980年9月号にもその時の写真が掲載されています。昭和25年当時の同機のキャブは深い乙型(キャブの裾とテンダーの裾の高さがそろっている)のに対して、昭和46年になると、浅い乙型(キャブの裾がテンダーの裾より高い)になっています。21年の間にどこかで改造を受けたのでしょうが、どのような理由でキャブを改造したのか、興味深いです。

 煙突脇のふた(?)ですが、戦前の写真を見るとC53やC10、C50、D51にも見られました。C53.C10.C50などは、鎖でボイラとつながっていますね。C50の写真は、煙突にふたをしているところのようで、煙突からボイラまで鎖がたれています。今のところ確認できた写真の撮影地を見ますと、明石・鷹取・宮原など関西地区ばかりですので、もしかしたら大阪局あたりが独自にやっていたことかもしれないですね。D51の写真は「鉄道ファン」1986年12月号で、そのほかの写真は「私の蒸気機関車史」(下)(川上幸義氏著・交友社)で確認しました。

 また、前照灯に白い標識を付けている8620.C53の写真もありました。これは臨時列車をあらわす標識だということを、かなり以前に何かの本で読んだ覚えがあるのですが、自信がありません。

 煙突のふたや前照灯の標識等、詳しい方からご教示いただければ幸いです。

 長文失礼しました。

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[No.1687]  投稿者:忠賢八高@管理人  2002-03-18 (月)  12:58

isone201様、吉野様
 88638号って最後は紀伊田辺だったですか!。意外なとこですがはて何に為の転属だったんでしょう。昭和47年ですし???。

 煙突横の円盤、戦前の臨時列車用の前照灯につける白丸マークとは異なるような気がします。私もどこかで見た覚えがあるんですが、思い出せない・・・。

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[No.1688] 煙突の蓋 投稿者:isobe201  2002-03-18 (月)  18:09

吉野様
ご教示ありがとうございます。前にも書きましたが、「蒸気機関車」は殆ど持っているのに、この号は持ってないもんで…。それから、煙突に蓋をしている写真、ありましたか?大きさといい、形状といい、置いてある場所から煙突の蓋のようには見えましたが、実際蓋をしているところの写真は見たことがなかったものですから、半信半疑でした。ただ、使い方が?ですね。消火の時に使うのか、点火のときに使うのか、火を落として駐泊する時に雨水が入り込まないように使うのか??見当もつきません。どれももっともらしいですが、それほど必需性があるなら、もっと全国的に広まってよさそうだし…。だから一時は煙突の蓋とは全く違う別の用途があるのかとも思いました。(臨時列車用の白い円盤をしまってあるとか…)

C53の蓋つきは「私の蒸気機関車史」(下)

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[No.1689] Re.煙突のふた他 投稿者:吉野富雄  2002-03-18 (月)  21:47
  <URL: http://homepage2.nifty.com/SAKU1967/index.htm>

 こんばんは。
忠賢八高様
 88638号機の昭和46年の紀伊田辺転属、個人的には入れ換え用機としての転属ではないかと予想しています。ちなみに奈良でも入れ換え用としての配置だったようです。

isobe201様
 「わたしの蒸気機関車史」(下)の290ページ、C5089号機の写真ですが、煙突上にふたをかぶせたように見えます、そこから斜めに鎖がたれ下がっています。わたしは、無火で駐泊するときの雨水防止が主用途ではなかったかと考えていますが・・・。

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[No.1694] 感謝 投稿者:isobe201  2002-03-19 (火)  01:08

吉野様
ご指摘どうもです。全く私は注意力がないと言うか…。こんなんじゃとても私立探偵なんか出来ませんね。まあそれはさておき、C53はともかく、86、96、C50などの入換機に多いような気がしますが、違いますかね〜?自分の記憶力に自信が持てない今日この頃ですが、C62、C59、C57、C55、C58、C56、C11などには蓋を持ち歩いている仲間は居なかったように思うのですが…。雨水が侵入しないようにするためなら、機種に関係なく、また大阪以外の地域でも居てもよさそうな気がするのですが。

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[No.1696] 今日は花粉がキツイ 投稿者:isobe201  2002-03-19 (火)  13:38

吉野様
くどくどとすいません。「私の蒸気機関車史」(下)のC5089号機の写真、蓋がしてあるには違いないと思いますが、よく分かりませんが、雨が降る前に撮った写真には見えないのですが…。

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[No.1697] 煙突の蓋 投稿者:田駄雄作  2002-03-19 (火)  15:59
  <URL: http://tadayusaku.2.hotspace.jp/>

弊サイト中のクラウス17は休憩中は煙突に蓋が被せてありました。その取っ手が写真でも確認できます。蒸気の逃げ場分くらい、ずらしてありますが。大型機関車の時とは異なるかも知れませんが、外気(冷気)の進入による火力の低下を防ぐためと言っていたような気がします。停止中は頻繁に投炭もしないので火勢を保つのは難しいのではないのでしょうか。穴が開いているのは蒸気の逃げ口なんでしょうか。

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[No.1698]  投稿者:isobe201  2002-03-19 (火)  19:53

田駄雄作様
貴HPのクラウス17はOpen早々拝見したのですが、「取っ手」は見落としていました。ご教示有難うございます。そして「火勢を保つ」という理由は非常に合理的な説明のような感じがします。走行している時間が短い、入換機に多いのも納得行きますし、大阪方面で愛用されていたと言うのも、納得行きます。おそらく正解でしょう。どうも有難うございます。

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[No.1699] 煙突のふたについて 投稿者:吉野富雄  2002-03-19 (火)  22:54
  <URL: http://homepage2.nifty.com/SAKU1967/index.htm>

 こんばんは。
isobe201様
 「私の蒸気機関車史」のC5089の写真、影がはっきり出ていることなどから見ても、晴天時の撮影のようですね。この写真を見たときは、無火留置中の機関車への雨水進入防止かな?と予想しました。(留置中の機関車にとっては、いつ天候が変わるかわからないでしょうから)

 しかし、田駄雄作様のHPの17号機の画像を拝見しますと、待機中の火力保持が正解のように思えてきました。(同機は無火留置状態ではありませんでしたし)

 「私の蒸気機関車史」のC53の写真を見ますと、このふたの中央部には穴が開いていて、その穴をふさぐためにさらにふたが付いているように見えます。中央の穴は、空気の通り道として開けたものかもしれません。

 入れ換え機でないC53にふたがあるのは、少しでも火力を落とさないようにして、特急・急行運用にベストコンディションで臨むための措置だったのでしょうか?でも、新製当初のD5114にも付いていたなあ。こちらは、最新鋭機種の性能を最大限に発揮させるための取り付けだったのでしょうか?

 ただ、全国的に広まったようではないこと、戦後はほとんど見られなくなっていることなどを考えると、期待したほどの効果はあげられなかったのかもしれませんね。

isobe201様、田駄雄作様

 貴重なコメントをありがとうございました。

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[No.1700]  投稿者:忠賢八高@管理人  2002-03-20 (水)  00:01

どもこんばんわ。いつもながらウチの板の話題は色々と面白いですね。

21世紀に大正時代のSLのS字キャブや戦前の煙突の蓋が話題になっているHPは絶対何所を探してもないでしょう。こうして皆さんに盛り上げていただけるだけでも本当に嬉しいです。皆さんの博学に感心するばかりの管理人ですが、何とか話題に加われますよう古ネタ集めに精出して参ります。

isobe201様、吉野様、田駄様
 煙突の蓋について色々とご教示いただきましてありがとうございます。

どうやら田駄さん説の火力減衰防止蓋説が有力な気配がしてきましたが果たして真相はどうなんでしょうか。鷹取工場あたりでの作品でしょうかねー。D5114といえば実質的製造No1のD51ですがこれにもついていたとなると車両メーカーでの作品なんでしょうか。川崎車輌かな?。考えてみれば車輌メーカーは関西が多いですね。

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[No.1703] 乗り遅れました 投稿者:831列車  2002-03-20 (水)  17:53

isobe様、吉野様、田駄様、管理人様ほか皆様

今回の「煙突のふた」では乗り遅れてしまいました。あのボイラーの横にくっついているものは何だろう?思っていたので話題になって良かったです。いろいろ参考になりました。


[No.6887] 煙突の蓋 投稿者:大阪の蒸機屋  2006-05-15 (月)  00:34

わすれられたかもしれない話題ですが・・・
交友社の月刊雑誌「運転ニュース」(昭和8年1月創刊)の昭和13年1月号から
「機関車煙突蓋の飛散防止」(本省通牒の要旨)
機関車に取付けの煙突用蓋が強風の煽を受け飛散し、行違列車の窓硝子を破損し、乗客を負傷せしめたる事故があったので、同蓋は燃料節約上は相当効果ありと認められるも、その取扱方如何に依りては、今後も同種の事故を惹起しないといふ保障が付かないから、該蓋は成るべく機関区又は必要な箇所に常置することとし、携行を要する場合は運転室内適当なる箇所に備付くるか、又は取付方に特に万全を期する様、取扱ひ方を本省から通牒があったとの事です。
これによって煙室横への常備が無くなっていったと思われます。
ちなみにC55流改の屋根の突起は屋根上を歩く時の足かけと思われます。機関区では屋根上を歩く作業が多い為、流改機は危険が多かった為つけたものでしょう

[No.6895] 煙突の蓋 投稿者:大阪の蒸機屋  2006-05-21 (日)  00:52

なんだか古い話ですが、以前ハチソの掲示板に書き込みさせていただいた以下ものせていただけると大変うれしいです。(m(_ _)m)
「待機中の火力保持」というのは、ほぼ正解なのですが、少しニュアンスが違うと思われます。
以下は「鉄道用語辞典」大阪鉄道局 博文館 昭和10年から

「煙突蓋」「蒸気機関車が有火の儘(まま)長時間滞泊する場合、又は無火となしたる直後の如き温缶(温水洗缶「温水で洗浄し、温水をはり直すと缶の温度を下げず、点火・再昇圧分の石炭・時間が節約ができる」)の場合には、火室及煙室の空気は熱の為に希薄となって煙突より外部に逃げ出し、之を補ふ為火室火格子下部より冷気が火室内に侵入して、玄に緩慢なる通風作用を起こすものである。
此の作用は有火の場合に於ては、不必要なる燃焼作用を起して火種の燃え切れを速め、燃料の浪費となり、無火の場合に於ても缶の熱を奪って急冷作用を起し各部に悪影響を及ぼすものである。
煙突蓋は此の作用を防止する為常時機関車に備へ、或は要所に之を備へつけ前期の如き場合に於て使用する目的で作った物である。(C53の煙突蓋写真有)」

戦前には、東海道の本線用機関車C51C53にも普及していました。
1番の目的は、「一塊の石炭も無駄にするな時代」の石炭節約にあります。
効果のほどは大きくは無く、逆に滞泊中に通風不足による酸欠で火が弱くなり再昇圧の手間を増やす可能性もあり、だんだんやめてしまったようです。
戦後の86や96やC50にあったのは撤去し忘れです。
ただし戦前(特に昭和1桁)は、人件費が安く、庫内手の手間は全然重要視されなかったため、こまめに蓋を開け閉めしたり、庫内手の埋火(まいか)屋が見回りに来たため効果もそれなりにあったのではないかと推察しております。
人件費や人権が変わると価値観が変わるため「何が効率的か」が少しずつ時代と共に変わってきます。
1例をあげると両手ショベルは大型機用、片手ショベルは小型機用という説明は戦後では正しいですが、戦前では完全に間違いです。
両手ショベルはテンダ石炭かき寄せ用と急勾配区間で使用が黙認されただけで、あくまでも石炭をくべるのは片手ショベルのみです。」
雑誌「運転ニュース」昭和13年のおかげでだんだんやめたのではなく風で飛ばされて乗客負傷事件があったためだとわかりました


[No.6896] 「鉄道用語辞典」大阪鉄道局 投稿者:大阪の蒸機屋  2006-05-21 (日)  01:08

ハチソの掲示板に書き込んだ当時は「鉄道用語辞典」大阪鉄道局昭和10年の復刻版が出版されるなんて
夢にも思いませんでした。
昔、「北総レール倶楽部」殿の掲示板への書き込みでも寝台車の番号について「鉄道用語辞典」の検索を流用したので復刻版が出た理由は私も関係してたりして・・・

>C11のキャブ内通風は九州で見られたタイプが関西で試験されたのでしょうか?
時系列からいえば逆だと想像してます。
関西で出た議題が九州で完成させられたのではないでしょうか。
例の換気窓は大井川のC12208の運転席でじっくり見ました


[No.6897] 「改修会議決議録」より2 投稿者:大阪の蒸機屋  2006-05-21 (日)  11:11

「改修会議決議録」より
箇所名 議題、理由、決議、年度、地区・議題番号、記事
煙室 2120形式の通風ノズルを多孔式に改造されたい、1本ノズルは位置の移動多く保守困難なため、現状通り(試験車考慮)、29、関東
煙室 C51形給水過熱器の位置変更について、集煙装置取付に支障するため煙室胴を切って下げて取付ける、後藤工場式に改造してよい、29、
関西D1
煙室 D60形式に集煙装置を取付られたい、急勾配と隧道が重なっているため従業員の作業が困難であり、乗客にも不快の念を与えている、了

解(本年度特別修繕費工事の補正予算で本社に要求してある)、31、西部21
煙室 C12、8620形式煙除ケ板を取付けられたい、煤煙のため前進の見透しを悪くし運転作業に支障する、支配人詮議、31、中部38
煙室 C10形に煙除ケ板を設けられたい、乗務員からの要望多きため、努力する、32、関東20
煙室 C50形に煙除ケ板を設けられたい、1.運転中の前途見透し困難2.弁装置給油部分の故障防止のため、実施中、32、関東21
運転室 C61、C62形式運転室及び石炭庫前板を運転中ポーカー取扱に使するよう改造されたい、乗務員の傷害防止のため、了解、27、東北25
運転室 D51形式動力逆転機をネジ式に改造した機関車の拡張改造を実施されたい、ハンドルカが膝頭に当り傷害事故を起るおそれがあり操作困難

なため、前回にもこの問題が提出されたが何分大工事となるので当分現状で我慢されたい、32、中部11
などなど 結構「現状通り」(その程度我慢せい!)が多いです


[No.6898] 「改修会議決議録」より3 投稿者:大阪の蒸機屋  2006-05-21 (日)  17:46

「改修会議決議録」より
同じ議題が複数回、場合によっては別地区から出たりしてます。
当時は回転式火の粉止め関連の記述も多いです
箇所名 議題、理由、決議、年度、地区・議題番号、記事
弁及びリンク装置、動力逆転機をネジ式に改造されたい(C62)、高速度運転用機関車に動力逆転機を使用することは手動式に比較して次の欠点があるため、1.保守が極めて困難である2.保守費が高価である3.列車運転の際〆切位置が機関士の欲するようにならない4.石炭節約をはかることが困難である、試験車を出す、32関東15、実施中(34経過)
弁及びリンク装置、動力逆転機をねじ式に改造されたい、(C62C59、LC23008(図面番号です))、保守困難と列車運転の際〆切位置が機関士の欲するようにならない、現状 電化による転用の際は考慮 34、東北33
関東では昭和32年に試験車を出す。記事欄に昭和34年の経過として(改造)実施中。東北では決議は、現状のままだけれど将来電化転用が増えるようなら再度この件名を考慮しましょう

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