村上 1971.3

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坂町 車窓から写した9634とロータリー車
初めて幹線をゆく蒸機に接したのが羽越本線だった。
「鳥海3号」を村上で降りて、間島までの一駅を歩いて次々にやってくる列車を写していった。撮影日 1971年3月29日

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2098レ D51292
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361レ D5188

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3876レ 黙々と貨物を引いていたD51498
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860レ D51767

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日本海縦貫線のクイーン 2D白鳥

新津のC57の運用は新津〜秋田往復の821レ〜荷2048レと朝夕の村上往復だけになっていた。
荷2048レは長躯青森〜大阪の列車で、青森〜秋田をC61、秋田〜新津をC57が引いていた。
当時の新津区のC57は5両、1号機の登場を期待したが、やってきたのは19号機、白鳥におとらぬスピードで駆け抜けていった。

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荷2048レ C5719


おまけ

羽越本線電化の前に1972年3月で新津のC57の定期運用はなくなってしまった。がビッグニュースが飛び込んできた。
C571がお召列車を引く。
運転当日は行けなくとも、その姿を一目見たい。
新津にゆけばなんとか見られるかも、そう思い運転中日の日曜日に、当時としては贅沢にも「とき」で日帰り往復をした。
新津について、ぞろぞろと人の流れについてゆく。
クラの裏手で待つことしばし、C571がしずしずと磨き上げられた機体を現わした。
(このときのモノクロは見事にみなピンボケです。オリンパスペンのカラーでご覧ください)(>_<)

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1972年5月21日 新津機関区
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1972年5月21日 新津機関区


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