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当サイト「汽車・電車1971〜」主宰のTADA氏が、2025年9月23日に逝去されました。 ここに謹んでご通知申し上げます。 当面の間、掲示板 への書き込みをできるようにいたしますので、 保存車活動に特に熱心だった氏へ、皆様からお言葉等お寄せいただければ幸いです。 |
三陸鉄道、樽見鉄道に続き国鉄神岡線から転換した第3セクター路線。
銅精錬所への硫酸輸送のためDD13の引く貨物列車が運転されていたが
旅客数は少なく、KM100 おくひだ1号 KM150 おくひだ2号 の2両のDCで運転していた。
近年貨物輸送が廃止になるともともと少ない旅客だけでは経営が成り立たず
2006年11月30日をもって廃止されたが、観光鉄道としての再起が計画されている。
撮影日 1986年8月22日

猪谷で発車を待つKM150 おくひだ2号
その後の第3セクター車両とは異なり台車DT22など国鉄気動車の廃車発生品を使っている。

終点奥飛騨温泉口にて。転換にあたり神岡から改称されたが、温泉まではバスで1時間近くかかる。

この車両のセールスポイントは車内の囲炉裏。

漆山を発車したおくひだ2号。

猪谷から奥飛騨温泉口まで乗車、そのまま折り返し漆山で下車。
漆山から神岡鉱山口まで撮影しながら国道を歩いた。


硫酸輸送のタンカーを連ねてKMDD131がやってきた。
DD13払い下げ車だが、KATOのNゲージモデルでも有名な存在。

気動車に合わせた塗装で俄然私鉄らしくなり好ましい。

折り返しのこの列車までじっと待っていたのだろうけど
何もない山の中、炎天下でよく待っていたものだ。

神岡鉄道の最後のコマ、メモには茂住とある。
結局神岡鉱山口まで歩かず、バスにでも乗ったのだろうか。
このあたりのこと、全く記憶にない。
最後に切符のたぐいを。
ワンマンなので硬券もなく、自販機券と整理券のみ。
