総武流山電鉄1975・11

この日は秋の行楽列車、筑波鉄道直通の快速つくば号を上野から乗車。
真鍋、竜ヶ崎、流山の車庫を訪問、武骨な電車が狭い構内にたむろしていた。
撮影日 1975年11月2日


流山に到着したモハ1001+クハ53。
モハ1001は元武蔵野鉄道デハ1321→西武クハ1212を譲渡、再電装したもの。


流山を出発したクハ53。買収国電、2等車という経歴を持った車両。
元青梅鉄道モハ103→買収国鉄モハ103→富士山麓鉄道ロハ300→流山電鉄クハ53。


側線に留置中のモハ101。
14m級の元南武鉄道モハ100は4両入線し1949年電化以来の主力車だったが
その後3扉の17〜18m級が入線すると予備車になっていた。


お椀形ベンチレーター、縦桟の扉、引掛け式尾灯と昭和初期のスタイルを崩していなかった。


南武鉄道モハ107→買収国鉄モハ107→流山電鉄モハ101。


表記が読めなくなっているがト1?松葉スポークの古典車両。


ワ202、これも古典的外観な木造有蓋車だが自社製造の1957年製。


モハ103、プレスドアに交換されている。構内には給水塔が残っていた。
南武鉄道モハ106→買収国鉄モハ106→流山電鉄モハ103。


リベットが残る前面。


モハ102、尾灯は埋め込み式、連結器座は直線。
南武鉄道モハ115→買収国鉄モハ115→流山電鉄モハ102。


モハ105、ステップ部分は切り取られ車体裾は一直線。
南武鉄道モハ113→国鉄買収モハ113→電装解除クハ6002→再電装流山電鉄モハ105。


クハ52、モハ1001と同形の元武蔵野電鉄→西武鉄道からやってきた車両。
武蔵野電鉄デハ1323→西武鉄道モハ223→モハ217→電装解除クハ1213→流山電鉄クハ52。


クハ51、クハ50形は51〜53、55の4両がいたが前歴はみな異なる。
クハ51は元豊川鉄道の買収国電。国鉄時代にグロベン化している。
豊川鉄道サハ23→制御車化クハ62→買収国鉄クハ5601→流山電鉄クハ51。
訪問時はすでに休車状態で車体に傷みがでていた。


検査中のモハ1101、狭い庫の中で全検までこなしていた。


モハ1101は京浜急行デハ480の車体に西武所沢工場で電機品を装備して新車扱いで1968年に登場。
流山方は貫通扉を装備、ノーシル・ノーヘッダーの訪問時もっとも近代的な車両だった、


森製作所製の小型Bディーゼル機DB-1、馬橋の入換に使用されていた。
ぼろぼろだったがこの時にはまだ車籍はあった。


タンクを積んだモーターカー、前面に流鉄、キャブ側面に流山電鉄、タンクに総武流山電鉄と
3様の表記をしている。


倉庫として使われていたサハ31、元は1933年製ガソリンカーのキハ31。


サハ31はその後流山市総合公園に保存された。


クハ55+モハ1002が到着。
廃止された東濃鉄道から来た元西武の川造形。
西武鉄道クハ1156→東濃鉄道クハ211→総武流山電鉄クハ55。


モハ1002+クハ55は1975年8月入線と訪問時最も新しい編成だが
1927〜1928年製のオールドルーキー。
この画像では分かりにくいがパンタ部分は低屋根になっている。
西武鉄道モハ554→改番モハ155→東濃鉄道モハ111→総武流山電鉄モハ1002。
奇しくも昭和初期の旧西武、武蔵野の電車が同じ形式の連番となった。


折り返し発車したクハ55+モハ1002。


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