南海電気鉄道阪堺線 1980・2
その3 大和川検車区

南海軌道線の平野線はこの年11月地下鉄開業にともない廃止、翌年7月に分社化され阪堺電気軌道となった。
最後は我孫子道で降りて車庫訪問。
撮影日 1980年2月24日


モ169浜寺駅前行き。


夕方ラッシュ前で車庫にはたくさんの電車がいた。


大和川検車区のヌシ、デト11。堺まつりの花電車でも活躍したが2000年に廃車。
その後も車籍はないものの移動機械扱いで健在。


モ351。1962年製でモーターなどの機器は旧形車から再利用しているが、車体、台車は新製。
方向幕が登場時よりも小型化している。


モ247、後にワンマン改造され、廃車後はカナダへ売却され動態保存されているという。
モ205は木造車の鋼体化で1937年登場、
モ247は戦後1947年製の最終グループながら段付きウィンドシルが古さを感じさせる。


モ305、ネガが退色しており補正したので少々色が違ってしまっているが、緑の雲電車。
モ301はモ151、161を多段式制御器に濃い像した形式。




モ170、モ224、モ301。


大和川名物、2両の移動機、トラバーサー奥の線に余裕がないため自走不能の車両の移動に使用。
TR2は単車の散水車のブリル21Eを使用、屋根にはボウが乗っている。


TR1は自社で手持ち部品で製造されたもの、集電器がやぐらの上に乗っている。


構内には電車がずらりと並んでいた。




モ205のラストナンバーモ250。


モ170。


モ167。


元京都市電1800形のモ253、351とモ364。


京都市電1800はライト、方向幕がいじくられてだいぶ顔つきが変わっていた。


モ219、モ205形の半分ほどは側面腰部にタマノ井酢の広告を入れていた。




モ251形もタマノ井酢の広告電車になっていたが、小型で在来車にくらべ速度が出ないため
ラッシュ時と初詣輸送で動く程度だったという。


モ238.


モ239。


モ241とモ154。
モ151はモ161と同形の直接制御車だったが、後年間接制御に改造された。


モ255とモ162。


モ168。


モ153。


モ355とモ218。


モ153。

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