日暮里 芋坂跨線橋1980・8

芋坂跨線橋という正式名称は最近知った。
高校のころからよく行った場所だが、鉄研仲間のI君が犬のウンコがいつもあるのでウンコ陸橋と呼んで
それが仲間内での通称となってしまった。
陸橋の登り口には駅の表示板などを製作する会社があり、
文化祭の展示品として借り出したこともあった。
このころは名古屋にいたが夏休みで東京に戻った折久しぶりに立ち寄ってみた。

撮影日 1980年8月21日

紆余曲折を経て1978年から本来の空港特急として運転されたスカイライナー。
シックな旧塗装の時代、AE3編成。


モハ3269他4連の特急上野行き。
当時の京成は6連が最長で特急でも4連があった。


常磐線103系、冷房、非冷房の混結編成。


当時京成唯一の冷房車だった3500系、モハ3549他。
方向幕装備ながら京成名物パタパタ式の行先板、種別板も備えていた。


単機回送のEF58153。


 金沢からの特急はくたか、特急がひしめく上野口でも一往復の存在だった。


山形特急やまばと。絵入りマークを撮影しているのはこのコマだけかもしれない。


盛岡特急やまびこ。


1980年5月から実施された新塗装のモハ3155、方向幕は付いたが冷房化はまだのころ。


モハ3224


この赤電カラーは幼少時より親しんでいたので、赤一色の新塗装は好きになれなかった。


成田空港行特急、モハ3269、今では想像もつかない4連の空港特急。


スカイライナーAE5




初代AEがまたぐ国鉄線にはキハ28と103系。


モハ3552とモハ3336。




数往復残っていた181系とき、クハ181-103。


下り181系ときが通過するとまもなく上りもやってきた。


上野同時発車のひたちとひばりの併走。


秋田特急つばさ。


東北特急は4分間隔で雁行していた、仙台特急ひばり。


モハ3328とAE-9


EF58135の牽く臨時列車?ホームに撮影者が見える。
下り線には尾久へ推進運転するEF80が見えるが珍しくもないのでシャッターを切らなかったのだろうか。


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