北への旅
1978・8 鈍行日本縦断
3日目


キハ52+キハ55×2+キハユニ26+キハ55→大分
キハユニ以外はWエンジン車で固めた豊肥本線737D
2両目のキハユニでは荷物の積み込みが行われている。






立野のスイッチバックも車窓から眺めていただけのようで、
ネガのコマは豊後竹田へ飛んでいた。706D「火の山3号」




犬飼で交換の740D、読みにくいがサボの表記が大分ー豊後萩
                               豊後竹田」
 というのが面白くて写したのだと思う。


硬券はヤケてしまったものがあるが自販機券は見事に印字が消えてしまった。多分中津と小倉。


ネガの順番からいって多分大分。リニアモーターカー実験車ML−100が展示されていた。
この車体は国分寺の鉄道総合研究所で保存されている。

この画像について大分在住の「きしゃ・汽車・シュッポポ」のHibiki−expさんにご教示いただきました。

「1978年7月22日から11月5日まで、大分駅コンコースにリニアモーターカー「ML100」を展示していました。
 公開実験用に作られたML100は1972年製。
長さ7メートル、幅2・5メートル、高さ2・2メートル、重さ35トンで、クリーム色と赤のツートンカラー。
4人座席。最高時速60キロで、10センチの浮上に成功したそうです。
 東京の鉄道技術研究所から貨車で大分駅まで運び、トラックに積み替えて移動したそうですが、
クレーンで吊り下げるときも「大事な借り物なので、傷をつけてはいけない」と細心の注意を払ったとか。
 当時、県内に住んでいなかったので全く知りませんでした。
構内の風景も、建物が減っていますが、大分駅で間違いないと思います。


ということで大分駅構内。


中津で560Mを追い抜く8レ「富士」すでに西鹿児島を発車して8時間が過ぎている。
これに乗れば明日の朝は東京なのになぁ、と思ったものだ。

門司には19:10着、駅前のビジネスホテルにでも宿泊したはずだが
一切記憶に残っていない。

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