富士急行1986・11

東京かた近いにも関わらずなかなか足を向けなかった路線。
訪問時は小田急からの譲渡車が主力だった。
ネガカラーの退色が進み、発色がいまひとつ、コマによっては補正しきれないのでモノクロ化した。

撮影日 1986年11月15日


大月 モハ5705+モハ5706
元小田急デハ2304+デハ2305


小田急デハ2300は元特急車で側面は800mm幅窓がドア間に4コ並ぶ。


モハ5700系(番号不明)


2本並んだ5700系、小田急2200、2220、2300、2320各系2連8本が1982年から1984年に入線した。
赤いカバーの電気連結器は片側だけに装備していたようだ。


三つ峠で下車、有名撮影地の富士山バックにカーブが連続する富士吉田方へ歩いた。


モハ5707+モハ5708、8本いた5700系のうち唯一の元小田急2200系の2枚窓車。




曇り空だったが富士山が見えていた。




元デハ2220系。






元デハ2300系。


元デハ2220系


元デハ2220系




このあたりからネガの状態が悪く、せっかく柿が彩りを添えているでプリントからスキャン。


寿駅近くのカーブ、当時は家も少なくすっきりしていた。ネガカラーをモノクロ化。


寿、この電車に乗って河口湖に移動。モハ5705+モハ5706。
結局訪問時にやってきたのは5700系だけだった。


河口湖の側線に並んだ3100、5700、3600。


モハ3101+モハ3102、1956年日車製ロマンスカー。


3100系は2編成製造されたが、第2編成は1971年事故で廃車となった。


名鉄5000系をはじめ前面2枚窓、2扉の各地で見られた日車ロマンスカーだが、本車は扉配置が独特で、運転室側はデッキ構造になっている。


モハ5706+5705。


側面窓幅に特徴がある元デハ2320系。


モハ5702+モハ5701


富士急オリジナル車のモハ3603。


富士急が富士山麓電気鉄道として1929年開業時に登場したモ1。
その後1952年に車体を大型化してモハ501になり、車体のみ上田丸子電鉄に譲渡、クハ251後に電装してモハ4257となった。
1981年廃車となり富士急に里帰りして創立60周年記念で復元された。
訪問時は河口湖の側線に押し込められていたが、その後河口湖駅前に展示された。


手前のワフ1も下吉田駅に保存された。


ワフ1と同形のワフ2、となりはト104?こちらも保存されている。





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