C5546


 「フジシローの鉄道写真館」(現在休止中)フジシロー様ご提供


筑豊本線 中間 
「フジシローの鉄道写真館」(現在休止中)フジシロー様ご提供

小工式の標準タイプK−7ながら大きさ、取り付け位置に特徴のあった46号機。
廃車後に思わぬ出来事が待っていました。
↓の「モノクロームの残影 談話室」からの記事をご覧ください。

[No.3462] C5553について 投稿者:isobe201  2003-01-17 (金)  01:13
  <URL: http://homepage3.nifty.com/isobe201/index.html>

私も会員に加えていただいている、直方の汽車倶楽部さんに質問したところ、会員の諏訪さんから詳細に渡る報告を頂戴し、BBSに公開して差し支えないということですので、ここに、原文のまま掲載します。なお、諏訪さんは当時小学生だったそうですが、九州最後の7両のC55については遠目でも、機番を特定できる自信があったということで、信憑性が高いと思います。以下原文のまま
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昭和46年12月28日、黒崎から中津の親せき宅に行く際に、鹿児島本線と日豊本線が分岐するあたりの日豊本線側の側線でC5546の廃車体を確認しています。

この場所は、廃車になった車両を一時留置するために使われていたので、ここを通るときは必ず注意して見ていたものです。

年が明けて、昭和47年4月2日、やはり黒崎から中津の親せき宅に行く際に、今度は日豊本線の現在の西小倉駅(当時は旧小倉駅跡)で、ディーゼル機関車(DD13だったと記憶していますがはっきり憶えていません)に連結されたピカピカのC5546を、鹿児島本線の上り電車から発見しました。

遠目にはその姿かたちからC5546と断定できましたので、あえてナンバープレートには目を運ばず、いずれにせよ小倉駅到着後、日豊本線の電車に乗り換えてまたすぐそばを通るので、その時あらためてナンバープレートを見るつもりでした。

ところが、日豊本線の電車から見てびっくり、なんとC5553のナンバープレートが取り付けられていたのです。同時に、煙室扉のハンドルが梅小路保存用D50140やC11190と同様のタイプに交換されていました。この時は、その外見から保存されることが子供ながらに推測できたのですが、どこに保存されるのかなどは全く知りませんでした。

実際に、保存先を知り、大分市の若草公園に現車を見に行ったのは、この珍事からさらに1年後の昭和48年8月ですが、どこをどう見てもまぎれもないC5546だったことは確かでした。

ナンバープレート以外にも、製造銘板が取り付けられていましたから、この時点で、これは保存時に車両を取り違えたのではなく「故意」にやったものだと確信しました。

それから、25年、若草公園の大規模な整備改修工事でC55も修復整備が行われたのをきっかけに、再びこの疑問が再燃し、その理由を知るために、私が汽車倶楽部とは別に参加している鉄道友の会九州支部の大塚孝様に伺ったところ、大塚孝様も保存当初から同様の疑問を持っておられたらしく、近くレポートにまとめて鉄道友の会の会報に発表される予定とのことでした。(鉄道友の会の会報「RAIL FAN No.559 1999年6月号 24ページと25ページ)

理由は大塚孝様のレポートにもあるのですが、推測の域を出ないものの、たぶんC5553が大分機関区新製配置の生え抜き車であることから、大分市が強く希望したものの、その時点ですでにC5553が解体されていたためこのような措置が行われた、と考えるのが妥当かと思われます。

SLブームのさなか、各地の自治体で蒸気機関車の静態保存が盛んに行われ始めたのがこのころでしたが、一部の自治体が、地元で活躍した車両とは縁もゆかりもないカマを保存したのに対して、この大分市のこだわりには敬服する次第です。

とは言え、C5546も大分機関区に在籍していたわけですから、番号のすげ替えはいささか行きすぎの感も否めません。しかし、この措置を事実は事実としてとらえた上で、あくまでも、当時の国鉄からは公式にC5553として貸与されていますので、通常はC5553とし、実は現車はC5546と表現すべきだと思います。これは大塚孝様も同様の考えで、公式の話と実際の話を分けて発言しないと、混乱を招いたり、迷惑をかけたりする恐れがあるからです。

ところで、話はC5553に戻りますが、同機は速度計装置をC55標準型のオリジナルである第三動輪ではなく、従輪から取っていた、という特徴がありました。通常、速度検知を従輪から取るのがオリジナルの形式でも、それを動輪側に改造することは空転を検知するためにも有効なのでよく見られたことですが、逆のケースは珍しいと思います。

外見から見た場合、本来のC5553は煙突が細めで長く見え、また正面ナンバープレートの取り付け位置が高く、一見、育ちの良い端整な貴公子のような顔つきでしたので、それに比べてナンバープレートの取り付け位置が低く、門デフの面積が大きく、煙突が前に傾いていてやや短く感じるなど、いかつくやぼったい感じのあったC5546とは似ても似つかないつらがまえでしたから、C5546の車体に取り付けられたC5553の番号を見たとき、「何かイメージが狂ってしまう」、と言ったところです。

一方、C5546の立場から見れば、ナンバープレートと製造銘板をすげ替えられ、自分自身を名乗れなくなってしまった数奇な運命をたどったカマ、と言えるかもしれません。

例の会計検査院の指示で、C5552とC5557の全検入場は実施されたのに、C5551とC5553は全検の手配まで完了していたものがキャンセルされた境目が、今となっては運命のいたずらのように思えます。

大分市若草公園でC5553として保存されている様子はこちら。

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