ペルシア湾通信
2004年7月5日

イランで一番ヤバイ場所

写真1、は海老の養殖場にあった自家製魚醤で、一般のイラン人は醤油の香りが好きではないし、
増して魚醤は魚臭いのでこれは意外でした。味も香りもタイのナンプラーと変わりません。



 写真2、は従業員でアヘン中毒のオッサン。と言っても年齢はワタクシより2歳下。
麻薬は恐ろしいですねえ。禁酒の国、イラン人の男の7割はアヘンを吸っていて、
そのうちの3割は中毒と言って良いでしょう。
それでもこのオッサンみたいに外見から明らかなのは珍しいです。
我々からみると「アヘンなんてとんでもない悪い事」なんですが、
イスラムの感覚では「アル中」のほうが数百倍悪いんですよ。
まあ、お互い様です。



 写真3、このアヘン中毒のオッサンの話題から、地元出身のハッサンが
「じゃあ、これからイランで一番危険な場所に連れてってあげる!」となって、
こっちが余り気が進まないのに「オレが付いてりゃダイジョブなんだから!」
ってどんどんクルマを走らせてんですよ。



 その場所とはミナブからクルマで30分くらいの村で、人口は約2000。
村民全員がアヘン、ヘロイン、ハッシシの中毒で、
村民の職業は密輸、追いはぎ、泥棒で警察や軍も管理を諦めてしまった所なんだそうです。
1年で殺人事件が100件以上!
そんな場所になんか行きたくないですよね。笑ってらんないですよ。

 行く前から言われてた通り、この村は砂漠の中の乾いた原野の中に、
まるで人工的にナワバリ境界線を引いたように忽然と現れます。
ここだけ、本当にここだけの3キロ四方だけ緑が鬱蒼としてるんですよ。
子供の頃外国のテレビ漫画で広大な砂漠の真ん中で
乾ききった旅人がオアシスを発見して最後の力をふりしぼってそっちへ駆け出して行くと
フワーっと消える蜃気楼だった!って言うの。正にアレです。
時速120キロで飛ばしていても、この村の入り口、妙な感覚、妙な「気」を感じます。
吸い込まれるって言うか・・・。高い飲み屋のナンバーワンみたいですね。

 写真4、は村の入り口の小学校です。
「政府の力」が村の中に及ばないのがこれを見ても分かります。
ここは明らかに境界線の外です。
それにしても、「追いはぎの村」では何を学習するんでしょう?
あ、そうそう、村には役所も警察署もありません。



 写真5、は村の中の道です。フィリピンの田舎を思わせます。
周りを考えるとホントに緑が濃いのが不思議です。
ここはアフガニスタンに向かう、言わば陸のシルクロードと、
ペルシャ湾からの海のシルクロードが合流する地点で、
しかもそれが暫く行くと直角にT字路になってて、現在はそこに検問所があるんですが、
未だに夜や砂嵐になると、そのT字路を通り過ぎちゃってコリャおかしいぞ?
って思い始める辺りに丁度このパラダイスみたいな村が出現するって言う、
村のアクセスポイント自体が何百年も前から演出満点のゴキブリならぬ
「人間ホイホイ」なんですよ。
まあ、性格の良い日本国民ならば、貧しいながらも迷った人達を助けるとか、
幕府が宿泊施設を造るとかなんでしょうけど、こっちはシルクロードを行く
高価な荷物を持った貿易商人から掠め取る事が村民全員の当然の職業になっちゃってるんです。
しかも団結力が強い秘密結社みたいなもんで、政府も手を付けられないんですね。
今は追いはぎよりも密輸で喰ってるみたいですけど。
官僚独裁国家の日本では考えられませんね。
正に事実は小説よりも奇なりです。



 写真6、は道路にたむろす青少年。クルマの中のイラン人3人は
「あの連中は日が暮れて迷い込んだクルマを襲う時を待っているんだ!」



 写真7、は何かトラブルかな?と一瞬焦りました。
マルーンのクルマはイラン製のプジョー206です。
モデルは4ドアだけですが若者に人気です。こっちで約200万円です。
エンジンなどの主要部品を含む80%はフランス製ですが、20%はイラン製です。



 写真8、は正に我々日本人が繰り返しテレビや映画で観せられてきた
椰子の木が生い茂る「砂漠の真ん中のオアシス」ですね。
全ての木には甘くて美味しいデイツがたわわに実っています。
イランでは強精剤と信じられています。



 写真9、は地ベタリアンの即席蜂蜜販売所。
トラブルじゃなくて蜂蜜を買ってたんでした。なーんだ。



 クルマはこれもイラン製のプジョーサマンド。
これの最高級版にはオートマ、エアコン、パワステ、パワーウィンドウは勿論、
超音波防滴ミラー、シートヒーター、6方向パワーシートまで備えています。
イランは乗用車生産年間37万台の意外な自動車大国です。

 写真10、11、12、13、はここで売っていた蜂蜜で、巣ごと丸かじりと言うか、
丸舐めと言うか、こんなの生まれて初めての経験です。
4人でたんまり食って100円てとこです。
味が濃くて実に美味しいですけど、食道と胃が荒れました。
またまたゼリアのストマクール胃腸薬のお世話になりました。
でもそのあと元気になり過ぎて困りました。



 写真14から20。「おいおい、全然危なくないじゃないの?」 って言ったら、
ハッサンは「最近は景気が良いから追いはぎは減ったんだ」って答えたんですけど、
後から他のイラン人に聞いたら、やっぱり「あそこはヤバい」とか、「生きて出られない」とか
「あそこに行ったんですか?」とか、まだまだヤバいみたいです。




 ところが何とここはハッサンの出身地だったのです。写真14はハッサンと息子です。
ハッサンの一家はここでは尊敬されているらしいんです。
何故なら、彼のお爺さんが60年前に井戸を掘ってそれを村人に無料で開放したからです。
雨の少ないこの地方では井戸を掘ってその水を売るのが当たり前で、
このような無料開放なんて「聖人」しかやりませんからねえ。

 エンジンはイギリス製の数十年前の原始的なディーゼルで、
「タッ、タッ、タッ、タッ、」とその大きな排気音は1キロ先まで聞こえます。
始動は呼び水を注ぎ、フライホイールを昔のT型フォードや蓄音機みたいに
手動でぐるぐる廻してやると生き返ったように元気に廻り出します。
冷却は汲み上げた水そのものでやります。
電気系統も一切無い、こーゆー単純な機械っていいですね。
働き者の85歳の老人みたいで・・・。見てて飽きないです。


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