大糸線1979・12
その1 南小谷・信濃大町

名古屋を高山本線経由の夜行のりくら9号で出発、神岡腺、能登線、七尾線を乗りつぶして
高岡市内腺、射水腺に乗って富山へ、泊のお寺のYHに泊まって最終日は大糸腺、中央線経由で名古屋に戻った。
撮影日 1979年12月2日


タイトルは大糸腺なのに一枚目は475系快速、たぶん富山。これのみ12月1日撮影。
当時のメモを見ると富山〜泊、泊〜糸魚川は客車列車に乗っているがヒトコマも撮影していない。


次のコマはいきなり飛んで165系とキハ55が並ぶ南小谷駅。


赤一色になったキハ51 8とキハ52 2連の130D、この列車に糸魚川から南小谷まで乗車。


南小谷駅の様子は30年後もあまり変わっていない。


キハ52+51に52+55が増結されて4連で糸魚川に向かう列車。


当時はローカル線でも4連くらいはあたりまえだった。
南小谷から165系の2428Mで信濃大町へ。


信濃大町で各駅停車の乗換え。
ホームにいた大糸線名物スカイブルーの旧形国電の先頭はノーシルノーヘッダーに押込形ベンチレーター。
旧国の個々のナンバーには詳しくないのですが、クモハ54101?
追記 この時期押込形ベンチレーター装備車は1両だけのようなので、54101で間違えなさようです。


こちちは窓枠木製の端正なお顔のクモハ54?60かな?2両目には2扉のサハ45が見える。


編成の松本側は青坊主のクモユニ81003。
この242Mに乗って安曇沓掛に移動。


側線には出庫してきたED60 2。


2007年の南小谷駅の様子はこちら

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