三井三池専用線1981・3
大牟田市、荒尾市にCの字を上向きにした路線の炭鉱鉄道。
ヤード、機関庫のある三井港からはB凸電の牽く旅客列車も運転されていた。
情報がほとんどなく国土地理院1/50000図を頼りに大牟田駅から三井港に向かった。
撮影日 1981年3月10日
三井港、旅客列車はB凸電が2両の客車を牽いていた。
旅客列車牽引用機はドイツ機を思わせる2コライトだった。
左に見えるのは電車形客車のコハ103、木造車の鋼体化車で床下にトラス棒を装備。
31号機はL形15t機から改造された機関車。
5号機牽引の旅客列車が三井港ホームに到着。
シーメンス製1〜4号機をモデルに三菱造船1915年製造。
廃車後は大牟田市が保存、管理されている。
13号機、三菱造船製20tB形機。
HO入門用のフリーB形機を思わせるスタイル、旅客列車牽引には使われないようで、ライトは1灯。
機関庫ではシーメンス製1、2号号が並んでいた。
三井造船製8号機。
三井港名物、L形15t機5号、7号。
なぜか塗装が異なっている。同番号のB凸電がいるが問題はなかったのだろうか。
モノクロだと塗装の差異は分からない、カラーで撮っておいてよかった。
この機関車に乗務員ドアはなく、窓から出入りしていたという。
1908年GE製と日本の電気機関車黎明期に登場、1067mmでは最古と思われる。
5号機は廃車後大牟田市が保管している。
機関庫を出て塀に沿って歩いていたらナローの機関車が現れた。
炭鉱でよく見かけるL形機、ナロー専用線については全く情報がなかった。
やがて28号機が諏訪川橋梁を渡っていった。
24号機が踏切を通過。
諏訪川橋梁は歩道も併設されていたが、これを渡って対岸の様子を身に行く度胸はなかった。
23号機が戻ってきた。
機関車が小さいの便乗者は外にしがみついている。
運行はけっこうあったようで、機関車が次々やってきた、26号機。
23号機と比べるとパンタ台、窓、エンドビームなど差異が見られる。
このナロー坑外軌道はその後電化施設を撤去、DL化され三川坑閉山まで稼働していたという。
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